ねこのひとりごと

猫と彼との1匹と2人暮らし。日々の暮らしで思ったことを、ただ綴るブログです。

我慢や努力できる容量は、思っているよりずっと、少ないのかもしれない。

 

こんにちは。

 

ここのところ花粉が飛んでいるのか

窓を開けるたびにくしゃみが出たり、

目がかゆくなったり。

 

換気はしたいけれど、

窓は開けたくない・・・

悩ましいです。

 

気持ちだけでもすっきりしようと思い、

窓とサッシの掃除をしました。

 

ちなみに、今日はさっ(3)し(4)の日だそうです(笑)

 

先日からの強風で、

窓がかなり汚れていたので

何となくすっきりした気持ちになれました。

 

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猫には花粉症なんてなくて羨ましい。窓は愛猫の聖域なので、掃除しようとすると怒られます。

 

 

 

さて、

昨日は気持ちは我慢するものじゃなくて

満たすものだということを書いたのですが。

 

書きながら、

人が我慢したり頑張ったりできる量には

限界があるのではないかな。

 

もしかして、それは

自分で思っているよりも、

ずっと少ないんじゃないかな。

 

そんなふうに、思いました。

 

 

私は自分が頑張れないこと

意志が弱く我慢ができないことを

コンプレックスに思っていて、

自分をずっと責めていました。

 

でも、もしかして、

本当はそうじゃなくて、

我慢や努力の容量がいっぱいだった

だけなのかもしれません。

 

 

例えば、

散らかった部屋を片付けるとか、

行きたくない飲み会に参加するとか、

流行りのデザインだけど

着心地が好きではない洋服を着るとか。

 

そういう自分にとって

そんなに重要じゃないことや、

普段のどうでもいいようなことで

我慢できる容量を使い切って

しまっているのではないか。

 

だから

本当に頑張ることが必要なときには

もう容量は満杯で、

それ以上頑張れなかった

のではないかな、と思いました。

 

もう既に頑張っているのに

これ以上頑張れない!

みたいな感じ。

 

 

 

我慢も頑張ることも、

無限にできるわけじゃない。

 

だから、

本当に必要なときのために、

普段は我慢や頑張ることを減らして

容量を残しておく。

 

そのために、工夫することが

必要なのだという気がしました。

 

もしかしてそれが余力というもの

なのかもしれません。

 

 

 

人によって容量が多いか少ないかには

違いがあるだろうけれど、

容量があることには変わりがない。

 

大切なのは、

自分の容量がどのくらいなのかを

自分で知っていること

なのではないかなという気がします。

 

そして、

自分が我慢できる容量は

自分で思っているより、

ずっと少ないんだよと思っておく。

 

無理をせず、力を抜いて生きるには、

そのくらいで調度良いのかもしれません。

 

 

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。