ミニマリストねこの暮らし

1匹と2人で暮らすミニマリスト。物がない部屋、猫と読書の日々。

「みんな」にとってではなく、「自分」にとってどうかを考え直す。

 

こんにちは。ミニマリストねこです。

 

私は子供の頃からずっと、「普通」「常識」「みんな」に合わせようとしてきました。

 

自分がどう感じるかより、一般的な考え、多数派の意見、みんなの意見が正しいと思っていたんです。

 

なのでテレビやニュースで見る一般的な意見や周りの大人が言うことを鵜呑みにして、自分で考えるということをあまりしてきませんでした。(昔は「みんな同じ」ことが良いことだとされていたような気がします。)

 

ですがその考え方こそが、私の生きづらさをつくっていたんだと思います。 

 

 

周りの意見と自分の意見が違うのは当たり前、違って良いんだと気づいたのは、ミニマリストになり物を捨てていく過程です。

 

「みんなが」「普通は」持っている物、必要な物と、「私に」必要な物は違う。

必要だ、持っていることが当たり前だと、思い込まされてきた物がたくさんあるということに気づかせてくれました。

 

 

それは物だけじゃなくて、考え方や良い悪いなどの価値判断にも当てはまることだなと、今は気づき始めています。

 

「みんな」や「常識」を一方的に取り込んで自分の考え方だと思い込んできた私でしたが、そういった他人にとってどうなのかではなく、「自分はどう思うのか」「自分にとってはどうなのか」を考えるようになりました。

 

 

例えば、先日ブログに書いた正社員で働くこともそうですし、ネガティブな自分の性格も。

 

正社員が良くて、派遣社員やアルバイトが悪いって誰が決めたんだろう?

それは私が刷り込まれていただけ。自分に合った働き方で働いていけばいいし、私にはそれしかできない。

 

ネガティブが悪いって誰が決めたんだろう?

「頑張れ」「やればできる」みたいなポジティブな言葉より、「頑張れない」「頑張ってもできないことがある」というネガティブな言葉の方が、その人に寄り添っていて優しい気がする。

私はその方が今の自分を否定しなくて良いから、頑張れない自分も受け容れられている気がするから、落ち着く。

 

 

そうやって、「一般的にはこうだけど、私はできない」と悩んでいること1つ1つに対して、本当にそうなのだろうか?と疑ってみる。

 

疑って考えてみると、周りにとって都合が良いように思い込まされていただけだったのかもしれないとか、そう考える人が多いってだけで私にとっては違うなとか、気づくことができました。

 

今まで自分で考えるということをせず、人の目ばかり気にしていた私は、今やっと、いろんなことについて、自分はどう考えるのか、どう思うのか、考え始めたところです。

 

大切なのは「みんな」がどうか、じゃなくて「私」にとってどうか、なんですよね。そんな当たり前のことに、やっと気がつけたような気がします。 

 

 

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愛猫はみんなが普通がどうかなんて考えない。自分が快適なことだけを考えている。そんな姿に教えてもらうことが、たくさんあります。

 

 

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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